世界の各地で、本を作るための新しい仕組みが登場している


EPUBやKindleなどの電子書籍による出版が広がることで、書籍を編集・制作する仕組みやツールも変わりつつある。

従来の出版では、印刷・製本した書籍を前提とし、編集と制作は印刷するための版面を作ることを第一目標として進められた。こうした枠組みの中で、編集・制作ツールは印刷とコンピュータ技術の発展に伴い、20世紀の終わりに急速な変化を遂げた。1980年代半ばに登場したDTPは21世紀の初頭に最盛期を迎えている。

一方、やはり20世紀の終わりに登場したWebは、紙ではなくコンピュータの画面上で情報をナビゲートすること主眼を目的として発展してきた。

これまでは、紙の書籍で出版する情報をWeb媒体に出したり、その逆にWebの情報を元に、紙の書籍を出版するには、その中間工程で情報の編集・加工を必要とした。長いことワンソース・マルチユースの重要性が唱えられたが、実際にはそれほど普及してこなかった。これは、印刷とWebの起源と発展過程が完全に別のものであったことが大きな理由である。書籍とWebは水と油であった、といって良い。

しかし、EPUB・Kindleによる出版が普及してきたことで、長い伝統をもつ書籍制作の仕組みに革命が始まりつつある。具体的には、次のような仕組みの提供が始まっている。

1.初級・入門的なもの

ブログで書いた内容を、本来のWebに出すのに加えて、PDFとEPUB・Kindle向けに生成する仕組みは既に数えきれないほど提供されている。こうしたブログサービスは書いた記事を羅列するだけのものになるので、簡単な出版物しかつくることができない。

書籍はWebとは違って、多くの情報を組織化し、一定の枠組みでパッケージした形で読者に提供するものである。そのために前書き、本文(章、節、項)、後書き、参考文献、索引などのグローバルな構造をもつ。しかし、ブログサービスでは、書籍のグローバル構造を表すことができないという限界がある。

2.中級

ブログサービスの上位の仕組みとして、次のようなサービスが始まった。

(1) BookTypehttp://www.sourcefabric.org/en/booktype/ チェコのSourcefabricという情報産業向けの非営利ソフトウエア開発団体が提供しているサービスである。

書籍を共同で編集するツールを提供している。ユーザー企業はツールを自社のサーバにインストールして使うこともできるが、Sourcefabricが提供しているWebサービスを使うこともできる。

Webブラウザで、記事を並び替えたりして、はじめに、セクション、章、節、あとがきといった書籍のグローバル構造を編集することができる。セクションは章の集まりとされている。

編集した結果から、Webページ、PDF、EPUBを生成できる。PDFの生成のための組版エンジンとしてWebKitを使っている。ページレイアウトの指定をCSSで行なう。WebKitはグーグルChromeやアップルのSafariなどのブラウザのレンダリングエンジンであり、まだページ組版エンジンとしては実用的ではない。このため、現状ではあまり高度なページレイアウトは指定できない。WebKitはiBooksなどのEPUBリーダのエンジンとしても使われており、ページ組版の強化も行なわれているので、いずれはWebKitをページ組版エンジンとして使うサービスが増えるだろう。

(2) PressBookhttp://pressbooks.com/ 最近、日本語版が発売されて、電子書籍に関心をもつ人々の間で注目を浴びた「マニフェスト 本の未来」(原題:「Book: A Futurists Manifesto」)を編集した、ヒュー・マクガイアが中心になって進めているプロジェクトである。[1]

WordPressをベースとして、その上に書籍のグローバル構造を編集するアドオンツールを載せている。WordPressには、記事の内容にマークアップする仕組みがあるのでその範囲で記事の内容に箇条書き、引用、挿入、プログラムコードなどの指定ができる。

編集した結果から、標準的な本の形式(印刷用のPDF)、EPUB、MOBI(Kindle)、IDML(InDesign用)、XHTML(Web)、WordPress XMLなどを生成できる。

PDFの生成のための組版エンジンにはPrinceXMLを使っている。[2]

BookTypeやPressBookは書籍を制作するための機能として書籍のグローバル構造を編集する機能を備えている。この点で、ブログの記事を寄せ集めて1冊の本にするサービスよりは高度である。しかし、ざっとみたところ、これらのサービスはXML技術をあまり使っていないようだ。

このためプロフェッショナルな書籍を作ることはできないだろう。このことは「マニフェスト 本の未来」がエッセイを寄せ集めた本であることが如実に示している。

3.XML技術を応用した上級システム

プロフェッショナルな書籍に必要な機能としては、索引がその典型である。索引を作るためには、記事の中に索引をマークアップして、これから索引ページを作り出すとともに、索引語を順番にソートする機能が必要である。こうした機能はXML技術を使わないと実現できない。

(1) CAS-UBは、XML技術を活用することでプロフェッショナルな書籍を制作することを狙っている。

(2) O’Reillyは、AsciiDoc[3]という簡易テキストマークアップ記法を基本とするテキスト編集ツールとDocBook[4]を使って書籍を制作する仕組みを構築している。次の図は、O’Reilly MediaのNellie McKessonが最近発表したスライドの1枚である。


図 O’Reilly MediaのNellie McKesson:TOC, Feb 12, 2013におけるスライドより引用

このように索引などを作成するにはXML技術の活用が必要である。また、CAS-UBとO’Reillyが、XMLを直接タグマークアップするのでなく、簡易テキストマークアップ記法を採用していることも今後のトレンドとして注目したい。

もう一つ重要なことはPDF生成のための強力な組版エンジンである。CAS-UBとO’Reilly Mediaのツールは、組版エンジンとしてアンテナハウスのAH Formatter(V6)[5]を用いている。

つまり、高品質・専門的な書籍を作るツールを実現するには、そのインフラストラクチャとして、①マークアップ、②XML(XSLT)、③強力な組版エンジンが必要なのである。

印刷・製本した書籍を先行して制作して、そこからEPUBのような電子版を2次的に作り出すという、従来の方法に代わる新しい方法として、紙版とEPUB版を同時に作り出す制作システムが動き始めている。こうした新しいシステムが従来の仕組みに代わって主流になる日がいずれやってくるのだろう。

[1]「マニフェスト 本の未来」
[2] PrinceXML なお、無料版のPressBookで実際に本(PDF)を作ってダウンロードして調べると、Princeで作っていることが確かめられる(2013年3月22日時点)。しかし、O’Reillyから販売されている「Book: A Futurists Manifesto」(2012/8制作)のプロパティを見ると制作アプリはWikibook XML(http://www.wikipubilisher.org)になっている。「Book: A Futurists Manifesto」の本文には、本書はPressBookで制作したと記述されているので、少し話が食い違っている。無料のPressBookでは市販レベルの書籍は作れそうもないので、PressBookは市販本と無料版でPDFの制作方法を変えているのかもしれない。それとも、PDFの制作方法が2012年8月から現在までの間に変更になったためなのかもしれない。
[3] AsciiDoc
[4] DocBook
[5] AH Formatter

世界の各地で、本を作るための新しい仕組みが登場している” への1件のコメント

  1. 「書籍とWebは水と油であった」これはインパクトありますね。書籍のグローバル構造を実現するWeb上のサービスが増えるとするとこの水と油はだんだん混ざり合ってくると思います。

徳江 一義 にコメントする コメントをキャンセル

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