学術出版社のケーススタディと学術出版を取り巻く環境についての社会学的研究報告


佐藤 郁哉・他著 「本を生み出す力 学術出版の組織アイデンティティ」(新曜社 2011年2月発行、568頁)を読み終えました。

本書は「1999年から10年以上に渡って継続的に行なわれた共同研究報告の最終報告書(p.476)」です。学術出版社4社―ハーベスト社、新曜社、有斐閣、東京大学出版会―のケーススタディなどを中心に学術出版の営みやそれを取り巻く環境についてまでまとめた包括的な書籍です。

本書の中核は学術出版4社の責任者や編集者を対象に繰り返し行なったインタビューなどで構成するケーススタディ報告である第Ⅱ部です。研究対象は、①個人出版社であるハーベスト社、②一編集者一事業部的な運営を行なう中堅規模の出版社である新曜社、③創業百年を超え、この間家業から個人商店を経て近代的組織による運営にいたった大手出版社である有斐閣、④大学出版会の最大手である東京大学出版会です。報告には各社の本作りの営みがいきいきと記述されています。

歴史や規模の面では異なる特性をもつ4社ですが、学術出版という共通の領域で事業を営んでいますので、出版コンセプト面ではかなりの類似性があります。第Ⅲ部で、これを整理・分析しています。第Ⅲ部はケーススタディをもとに編集者の技能・役割を分析する第6章、組織を維持するための経営戦略である刊行物のポートフォリオについて説明する第7章、「文化対商業」・「職人対官僚」という2つの分析軸を抽出して、その領域で出版組織としてのアイデンティティをもとめて動くダイナミクスを記述する第8章から構成しています。

第Ⅳ部ではこうした学術出版がおかれた社会環境の違いについて説明しています。学術出版は著者、編集者と読者という点では比較的閉じた狭い世界の事柄になりますが、日本と主に米国の学術出版を比較すると、それぞれが社会全体の枠組みあるいは環境に依存していることがわかります。日本の場合は、学術的な本と大衆的な本とをつなぐ「中間領域」があり、「密度が高い大衆的読者市場」が成立してきたという特性がある(p.422)とのことです。それに対し、米国では学術出版は同業の専門家によるピアレビューを経て、大学付属の出版社が発行するという分野であり、ギルド的・閉鎖的になりやすい側面があります(第9章の五)。

学術出版は大学などに在籍する研究者が著者になることが多く、また読者も研究者になりがちですので、国の教育・研究施策からも大きな影響を受けます。第10章では日本・英国・米国での制度変更が与える影響について言及しています。このあたりは今後の行方にも大きな影響をあたえる可能性があり、もう少し踏み込んだ分析が欲しいとことです。

本書では印刷書籍型の学術出版について深く報告されており、大変参考になります。なるほど社会学はこういうことを研究するのか、とは素人の感想です。

一方で、学術コミュニケーションという点では、電子ジャーナルについてはまったく取り上げていません。また、電子教科書や学術書の電子化についてもまったく触れられていません。このあたり、別の研究報告を期待したいところです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA値として計算に合う値を入力してください。 *