「横書き登場」(屋名池 誠著、岩波新書、2003年初版発行)は、日本語の印刷物に横書きが登場してから、現在に至るまでの軌跡を豊富な調査と図版をもとにして丁寧に解説している。
日本語は、現在、縦書き・横書きという2つの書字方向を許す世界でもまれな言語である。その理由は、日本語を表記するのに使う漢字、ひらがな、カタカナという3種類の文字が形態素・音節文字で一字がカバーする範囲が広いこと(p.66)、漢字・ひらがな・カタカナの多くは字形が正方形であって文字を縦方向にも横方向にも続けて書くことができる特性をもっているからである。
それに対して、西欧から入ってきた言語はもともと横方向だけにしか書かれない。これは①ラテン文字が正方形でないというデザインの特性、②ラテン文字は音素に対応する、すなわち語を表すのに多くの文字を使い、文字列をひとつのまとまった形として読み取るという方式になっているためである(p.66)。このため西欧の言語を縦書きするには横転横書きをする必要がある。
日本語は江戸時代までは縦書き専用であった。日本が西欧の文化・技術を取り入れた幕末から明治にかけての時代は、日本語の書字についても混沌の時代になったのは必然である。
さて著者は、明治から戦後までの日本語の書字方向について、次のように整理している。
1. 日本語の横書きが登場したのは江戸幕府が開国したころ。最初は右から左へ書き進めるものであった。右横書きは縦組みの行が進む方向と書き進める方向が同じなのでわかり易かった。
2. 明治初期の辞書は欧字を左横書き、和字を横転縦書きして欧語と日本語の共存を図った。横転縦書きでは、欧語は左から右へ。日本語を左90度回転して縦書きする。横転縦書きは大正13年まで見られる。
3. 左横書きは明治4年の英和辞書で初めて登場した。欧字との共存のためである。また、左横書きは、楽譜、数学、簿記(数字)などに用いられた。こうした左横書きは西欧の文物を本格的に学んだ人、すなわち一部のインテリ向けでハイカラ・西洋文明受け入れ派という印象がある。これに対して、右横書きは切符、地図など民衆向けの用途であった。これは縦組みの行進行方向と文字の読む方向が一致しており、一般人にわかりやすく、また書籍の製本もしやすかったため。
4. 右横書きは、縦書きの印刷物の中で、右横書きを見出し、記事のリード、キャプションなどに使う、縦書き(右横書き併用)のスタイルとしても使われた。これに対して左横書きは専用で使われた。
5. 大正になると、縦書きの印刷物の中で、左横書きを見出し、記事のリード、キャプションなどに使う、縦書き(左横書き併用)のスタイルも使われるようになった。
6. 昭和の戦前は、①縦書き(右横書き併用)のスタイル、②縦書き(左横書き併用)のスタイル、③左横書き専用の3つのスタイルが並存した。但し、左横書きは西欧文化を受け入れる印象があり、右翼政治家などの攻撃を受けることがあった。しかし、効率という面で左横書きを採用しようという動きもあった。
7. 戦後は、一気に、①左横書きが増え、また、②縦書き(左横書き併用)のスタイルと二つがつかわれるようになった。
8. 今後は、左横書き(縦書き併用)に収斂していくのではないだろうか。
■感想
現在では縦組みは、新聞、雑誌、書籍の一部などの印刷出版物の世界のみで見かけるものとなり、出版関連の専門家や趣味の世界で使われるものとなっている。
実用・効率を重んじるビジネス文書などではほとんど使われないし、Webや電子メールはすべて横書きである。
そういう意味では、確かに、既に社会全体としては左横書き(縦書き併用)の時代になっている。日本語の書字方法は西欧文化との遭遇で大幅に変化した。左横書きが定着した明治から戦後までの変化が第一段階とすると、インターネット技術と遭遇している現在は第二段階と言える。現在、Webでは縦書きはほとんど用いられていないし、あまり必要性も語られない。従って、第二段階が、このまま推移すると、縦書きが消滅する方向で収斂する可能性も大きいだろう。
100年~200年単位でみると出版でも縦書きを使う文化が生き残るか、そして縦書きを使い続けるにはどうしたら良いかを考えさせられる。
■書籍の情報
書名:「横書き登場」
著者:屋名池 誠
発行所:岩波新書
発行年:2003年11月初版1刷発行
ISBN:4-00-430863-1
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