「横書き登場」(屋名池 誠著、岩波新書、2003年初版発行)[1]を読むと、幕末・明治時代から西欧の文明を取り入れる過程で横書きの普及が始まって、現在に至っていることがはっきり分かる。最初は、和字を右から左に書く右横書きと、左から右に書き進める左横書きが行なわれ、戦前までは併用されていたが、戦後に急速に左横書きに一本化された。
英語を中心とする欧米の文字は左横書きしか向かないラテンアルファベットで綴られているため欧文を和文中に取り込むためには左横書きが便利である。これに対して右横書きは和文中に欧文を取り込む上ではあまりメリットはない。戦後になって日本が米国の勢力圏になってあっという間に左横書きに統一されたのは自然とも言える。「横書き登場」では最初の左横書きの出版物は1871年(明治4年)に登場したとしている(p.61)ので、左横書きという書字方向が確立するのに70年~80年という期間がかかったことになる。
現在の出版物は、(1)横書きのみで構成する横組みと(2)縦書きを主体とし補助的に横書きを併用する縦組みの二つの組版方式が使われている。
横組みと比べると縦組みでは文字や行を進める方向が複雑に入り組んでいることが多い。この複雑さの主な原因はラテンアルファベットとアラビア数字(以下、総称して英数字)である。どのような複雑さがあるかを整理すると次のようになる。
■縦組み書籍の中の横組み頁
書籍などの出版物は、縦組みに分類されるものであっても、すべての頁が縦書きだけで組まれているものはほとんど存在しない。表1にあげるような横組み頁も併用されている。
表1 縦組み出版物の中での横組み頁
・参考文献
・索引
・表紙、章扉、奥付け
表紙や扉の横組みはデザイン上の配慮によるものが多いだろうが、参考文献や索引は英数字を多用することが横組みにする理由だろう。
■縦組み頁の中の横書き箇所
縦組み頁の中の一部に横書きのブロックが入ることも多い。表2のようなケースがある。
表2 縦組み頁の中の横書き箇所
・表は表自体の行とセルの組み方が横書きのものが主流であり、そのときセル内の数字や文章は横書きになる。
・図表の番号、キャプション、図表の説明文。
・目次のページ番号(縦中横)
・各頁のノンブル、頁上・下の柱
表2のような横書きが使われる箇所で使われる数字の種類はアラビア数字である。
■本文の中の英数字の扱い
さらに、縦書きの本文テキストの行中(インライン)での英数字の取り扱いの方法には次の3通りの方法がある。
①英数字を和字として扱う。このときは全角字形を使い、正立させる。
②英数字を欧字として扱う。このときはプロポーショナル字形を使い、文字列全体を横倒しする。このとき和字は日本語組版規則にしたがうが、欧字は欧文組版規則に従う。和欧混植方式となる。
③アラビア数字やラテンアルファベットの組を縦中横で配置する。縦中横には表3のようなケースがある。
表3 縦中横の適用箇所
・月、日、年齢などの2桁の数字を縦中横で配置するとき
・本文中から2桁または3桁の章番号、頁番号を参照するとき
・注番号、箇条書き番号などを(1)のように縦中横で扱うとき
・本文中の2桁の数値(アラビア数字)などを縦中横として扱うとき
■縦組みの類型
現在の日本語縦組み出版物における、本文テキスト中での英数字の取り扱い類型は大よそ3つである。
①新聞方式:朝日、読売、日経等の大新聞は、21世紀になってから、2桁の数字については縦中横表記とするが、それ以外のほぼすべての英数字を和字として扱う方式に移行した。
②伝統的方式:数量を表すアラビア数字は漢数字表記とする。固有名詞や慣用句はアラビア数字のままである。また図表番号や章番号などの参照は、参照先がアラビア数字の場合はアラビア数字のことが多い。従って、伝統的方式であってもアラビア数字は随所に使われる。外来語をはじめ外国人などの人名など欧文の単語はできるだけカタカナで表記する。カタカナ表記の括弧内に原文のラテンラテンアルファベット表記を添える。この時ラテンラテンアルファベットは和欧混植の対象となる。
②現代的方式:アラビア数字は新聞と同じように和字として全角形で正立する。頭字語のラテンラテンアルファベット大文字は和字扱いする。商品名などではラテンラテンアルファベット大文字と小文字が入り混じるが、そのとき文字列全体を和字扱いとしたり、または大文字だけなら和字扱いで正立・小文字が入ると文字列全体を横倒しする。どのような種類の文字列を正立させるかあるいは横倒しするかの基準は曖昧で書籍毎に異なるし、書籍の中でも完全に統一されていないときがある。
■縦組みの未来
商品名(iPhone、iPadなど)、サービス名(twitter、facebookなど)、人気グループ名、会社名などの固有名詞にラテンアルファベットが多用されるようになっている。これらはカタカナ表記できないので、出版物にも必然的にラテンアルファベットが増える。縦組みにおいてラテンアルファベットを和字扱いするか欧字扱いするかは、新聞のようにすべて和字扱いする方式から全部を欧字扱いすることまで幅広く明確な基準がない。
アラビア数字は、漢数字に変更する方式から、すべて和字扱いで正立する方式まである。
このように、本文テキスト中のラテンラテンアルファベットとアラビア数字の扱い方はさまざまであり、混乱状態にあると言っても過言ではない。
全体としては伝統的方式から現代的方式への移行過程にあるだろう。そうすると縦組みは移行期的混乱の中にあると言って良い。この混沌状態の結果として新たな縦組み方式が定着するのか、それとも縦組みの複雑さに見切りをつけて、横組みに1本化されるのか?
こうした混沌に加えて、縦組みは横組みに比べて製作コストが高い方式となっていることにも注意が必要である。これについては別途検討する。
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