『本をつくる者の心 造本40年』

『本をつくる者の心 造本40年』(藤森 善貢著、日本エディターズスクール出版部、1986年発行)
四六判、上製本、262頁

20150322

藤森氏は岩波書店で長く仕事をされ、定年退職後は本づくりを軸として出版技術の体系化・教育・普及のために活動された方である。本書は藤森氏が亡くなったあと、日本エディタースクールがまとめたもので「遺稿集」にあたる。神田の古本屋で入手して一気に読んでしまった。藤森氏と縁が深かったという精興社が印刷を、牧製本が製本を担当している。刊行されてから30年近いが、読みやすく、開きやすく、堅牢にできている。造本が素晴らしい本である。

遺稿集ということで、さまざまな原稿が収録されているが、その中核は造本40年という一種の自分史にあたる章(pp. 21-144)である。

藤森氏は岩波茂雄さんの遠縁にあたる方で、岩波氏を頼って上京し、最初は2年ほど東京の書店で働き、書店が解散したあと岩波書店に入店する。昭和の初めの書店の仕事が生き生きと描かれている。岩波書店に入ってからは営業、広告を経験したあと徴兵されて、終戦後再び岩波書店に復帰した。

満州事変後、戦争が近くなった時期の警察による本の検閲や発売禁止本などへの対応の経験(pp. 31-40)を読むと出版が不自由な時代の世相を身近に感じられる。

戦後は書籍の製作にたづさわり、辞書を中心にさまざまな書籍を作ってきた。特に『広辞苑』の製作がもっとも印象深い。他にも『岩波英和辞典』新版、『岩波ロシア語辞典』、『岩波国語辞典』、などなどの実績が次々に登場して眼が眩むほどである。いまではこのような事典を新しく紙で出すのは難しいのではないだろうか。まさしく出版の輝かしい最盛期である。

藤森氏は「活字の可読性」を研究したり、「造本・装幀」、特に本が壊れない造本ということについて科学的な精神で取り組まれ、その集大成が、日本エディタースクールから発行された『出版編集技術』(上下二巻)となったようだ。

製作面の入門者には、最後の「造本上の良い本・悪い本」という章(pp. 203-245)が参考になる。1974年に行われた株式会社ほるぷの幹部研修会の講演録のようだが、最近の造本が悪くなっていることを述べ、戦後はパルプに闊葉樹を使っているため繊維が短く質が低い、短期間に製本するため膠が本に浸透しない、このため本が壊れるという。

講演録ということで若干話が横に跳んだりしているが、造本は内容・用途・刊行意図によって方式を選ぶという考え方について述べている箇所も興味深い。このポイントは、①長く読まれる専門書は30年、50年という堅牢で長期にわたってもつ紙と製本方式を選ぶことになる。このように内容によって上製本にするか、仮製本にするかを決める。②学生の引く小型事典のように使用頻度が多く、持ち運びやすいものは小型で軽く、しかも開きやすく安い、というように用途で形態が決まる。③文庫本や新書のように図書の普及を狙うものは持ち歩き、定価を安くという条件となる。

但し、今は、専門書は電子化して活用しやすくする方が重要で、紙の本は読み捨てにしても良いのではないかとも思える。このようにデジタル化によって考え方の基準を変えるべきところもあるように思う。そういう意味では批判的に検証する読書態度が必要かもしれない。